Translate

2008年10月15日水曜日

6th day








10月14日(火)
午前4:40に起床。荷物を外へ出し、ロビーへ。このホテル(Crown Plaza Denver City Center)はインターネットし放題。無線ランがあるので、部屋でも快適。ロビーにも2台設置されている。

バスにて5:30出発。空港へ向かう。

朝食は弁当。ベーコンとジャガイモとスクランブルエッグとオレンジジュース。質量ともによい。特にベーコンはよい。

この日はデンバーからフェニックスへ。

フェニックスの空港も相当大きい。自販機の水などは、2ドル。おおざっぱな値段だ。

バスで一路、フラッグスタッフへ。フェニックスではシュロの木が目立つ。郊外へ出るとすぐに、大きなサボテンの林が続く。しばらくうとうとしているうちにサボテンは視界から消えていた。一定の高度のところにしか自生しないとか。

ここのガイドが一番ランクが低い。「バォーリスの足跡をたどる北米旅考」というボードを持って出迎えてくれたときは、一同ずっこけたが、これは愛嬌の範囲内。しかし、それは、その後のガイドぶりを象徴するものであった。まったく事前リサーチをしていないようで、そもそも我々が何のためにこの旅をしているのかわかっていないようにさえ思える通訳ぶり。あきれてみんな口がふさがらない様子だった。 Presbyterian Church やWilliam Merrell Vories という英語を聞き取れないのだから。

ガイドの悪口はこれまで。

Montezuma Castle National Monument http://www.nps.gov/moca/を見学して、すぐに昼食。(http://www.cliffcastlecasino.net/)パスタ料理だった。味はうすあじ。ガイドによれば、日本人向けにリクエストしておいたとのこと。これは余計なことだ。オリジナルの味を楽しみたい。

フラッグスタッフに到着し、ヴォーリズ縁の教会、小学校跡地、住居を巡る。住居は、借り主に連絡が取れず、外観のみ。ヴォーリズ父が勤務したBank & Hotel は車窓から。

ホテル(Radisson Woodlands Hotel Flagstaff http://www.flagstaffwoodlandshotel.com/)へ4時頃到着し、しばし休憩。 6:30から夕食会。これが今回の旅行の最後のディナーとのこと。ディナーは、Sakuraというホテル内にある日本料理店。売り物は、天板焼きのパフォーマンス。炎を立ち上げ、湯気を上げるタマネギの噴火山。最後はよく切れるナイフで肉をちょん切る。アメリカ人の客は大きな歓声を上げて、笑い転げていた。シェフにどこで修行をしたのか聞いたら、独学でまさにこのレストランで鍛えたとか。本当か?

パフォーマンスに手間取り、食事の時間は相当。

食後、近くのSafewayまで散歩を兼ねて買い物。水と紅茶ティーバッグとコナコーヒーの豆を購入。

2008年10月14日火曜日

2008年10月13日月曜日

4th Day





10月12日(日)
ややゆっくりの起床。この旅行の中では、遅いほう。しかし、まずは移動。市のコミュニティセンターで朝食。緊張するので、あまり食べた気がしない。

食後は、500mほど移動したところで記念碑の除幕式。なかなか立派な碑が建っていた。この日のために用意されたそうだ。K記念の植樹の桜も数年前より立派に成長。その時期に訪ねたいものだ。

礼拝出席。献金はきづつないものだ。

教会でのポットラックランチのあと、とりあえずホテルへ戻る。着替えをして、再集合。回転木馬館。5年前はまだ計画中だったが、見事に完成。博物館といっても、かなりの部分はボランティアの仕事のようだ。手作りの温かみが感じられる。CWParker 1913

一行が博物館(Carrol Mansion)見学とお墓参りに行っている間に、S氏が希望するPreschoolの見学につきそう。B氏の案内で、彼女の勤める施設を見学。Autism (autistic)という語を学習。自閉症の児童の問題はこの国でも深刻。しかし、障害を持つ子供への配慮は手厚い。12人の子供を3名の教員が担当。父母への教育プログラム。その他きめ細かい配慮。

Walmartで一行と合流。しばし買い物。

夜は、答礼晩餐会。予想外に狭いCafeで身動き取れず。元市長の夫妻と同席。いろいろ話を伺う。

食後は場所を変えて、ウェスタン酒場でダンスの夕べ。例によって、踊る派と壁の花にわかれる。何となく居心地が悪い。プールバーに行くのも気が引ける。こういうときは、ひたすら時間のたつのを待つしかない。

ネットができず、写真を整理したら、疲れが出たので、早く就寝。