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2024年11月7日木曜日
東北大周遊4日間 三日目 (11月7日木曜日)
朝は少し雲がかかっていたが、日差しが少し見えた。紅葉が美しい。
6:30 朝食。8:00出発。
ホテルのあるのは、盛岡市。ここから中尊寺のある平泉町までは94㎞あまり。1時間以上の道のり。岩手県は広い。面積では北海道が1位で、岩手県が2位。今回、周遊する6つの県のうち、岩手、福島、新潟がベスト5に入っている。秋田が6位。宮城が16位。いずれにしても、広い県を巡るので、バスに乗っている時間がどうしても多くなるのは仕方がない。近畿の6県をまわる旅というのもあるかもしれないが、そちらの方が短い距離でめぐれるのだろうか。
途中で、花巻市を通るので、高速道路から大谷翔平の出身高校、花巻東高等学校のグラウンドと校舎がみえるとガイドがしきりに言う。校舎を見ても、大谷君が見えるわけではないので、そうかそうかと聞いていたが、近づいてくるとカメラを構えている自分がいた。こころなしかバスのスピードを落としてくれたので、左側に席をとっていたのを幸い、写真に収めることができた。「6県10景」+1景の旅になった。実際、観光地になっているそうだ。
さて、9:25ごろ平泉中尊寺の駐車場に着いた。しかし、雨模様。初めて傘をさした。長い坂道(参道ではなく並行に走る道路)を登った。他のメンバーは相当な健脚でかろうじて着いていくことができた。カメラを2台持っているので、それが太ももに響く。境内の紅葉はかなり進んではいるものの、まだ緑の葉が残っていた。傘をさしての撮影は難しい。金堂は覆堂に収められていて、堂内は残念ながら撮影禁止。最初の覆堂は、鎌倉時代に建てられたそうだ。その古い覆堂自体も文化財として保存されている。長い歴史がある。ここでも芭蕉の銅像が建てられていた。ここでの持ち時間もわずか1時間なので、あまりゆっくりできない。帰り道は参道だったが、歩きにくい。雪が積もればさらに歩くのは大変だろう。健康祈願の人が参拝するというのは、健康だから参拝できるということだろう。いつもこういう坂道や階段のある神社仏閣に来ると思う。
本堂の境内では、菊花展が開催されていた。小菊の懸がいづくりは写真に捉えやすいが、大輪の菊はどう撮っても写真にはならない。花弁をマクロで撮るしかないだろう。もう少し自然な形で菊をつくれないものだろうか。
ここもゆっくり訪れたい場所だった。
集合時間は、10:25。しかし、これまでだれも遅刻しなかったのに、二人の人が来ない。どうやら集合時間を間違えていたらしい。出発が5分遅れた。添乗のM氏が少し焦っている。松島の遊覧船は12:00出港に間に合わないと少し困ったことになるらしい。ここでは昼食も含めて2時間ほどの自由時間があるが、先に船に乗らないと後の日程がうまく行かないようであった。船に乗るかどうかは自由であるが、松島へ来て船に乗らない手はないだろう。なんとか11:50に駐車場に到着。船には電話で連絡してあるとはいえ、乗り場まで400mほどある。中尊寺でかなり乳酸がたまっているので、脚が前に運べない。なんとかぎりぎり間に合った。このときまでに雨が上がって日差しがさしていた。
乗船したのは「あおば」(総トン数:227トン 旅客定員:400名)通常1,300円のところCT割引で1,000円。約50分で遊覧。風があったので、2階の船室に席を取ったが、やはり窓ガラス越しでは撮影できないので、デッキに出た。午前中、雨が降っていたおかげで、途中で虹を見ることができた。船内には軽食の売店があり、おばちゃんが切り盛りしていた。船内での説明は録音された音声で様々な形の島の説明をしていた。やがて船が折り返すとそのアナウンスは終了。そのあとは生の音声が聞こえてきた。その声の主は売店のおばちゃん。東北震災で全国から支援が来たことに対する感謝の弁のあと、海産物の宣伝が始まった。どうやらそれが目的だったらしい。ガイドおすすめの船内でしか買えないというのしいかと焼き海苔を購入した。島めぐりはそれほど感動的な光景は見られなかったが、虹の出た景色はレアものなので、テンションはあがった。
上陸後は、ガイドおすすめのバスの駐車場のみちのく伊達政宗記念館に隣接する「松島さかな市場」で、昭福丸まぐろ三昧寿司(1,400円)を昼食とした。新鮮で美味しかった。
14:10松島を後にして、45分ほどで仙台の青葉城公園に着いた。仙台城趾である。シンボルは伊達政宗の銅像。予想していたよりも大きな銅像で相当高い台座の上にあるので、ハンサムだとガイドが言っていたお顔はよく見えない。カメラの望遠で覗いてみたものの、逆光なので兜の影で隠れてしまう。もう少し低い台座でもよかったのではなかろうかと思う。平泉・中尊寺の芭蕉の像は人の目線と同じ所を見ていた。仙台市内が見渡せたが、仙台には特に思い入れも関心も知識もないので、せっかくの景色だが感動はない。そういうものかもしれない。
15:40に青葉城公園を後にし、福島県・裏磐梯のホテル(メルキュール裏磐梯リゾート&スパ)を目指した。130kmあまりの移動だ。ホテル到着は、18:00。夕食(バッフェスタイル)は19:30からだという。先に風呂に行くことにした。大きなホテルではあるが、大浴場はそれほど広くはなかった。このホテルは、「裏磐梯ロイヤルホテル」というホテルの経営者がかわり、今年4月から今の名前になったそうである。居抜きで旧ホテルの設備を引きついでいるので、部屋の設備は古いままだ。トイレの防音ができていないので、夜にトイレを頻繁に使う者としてはちょっとつらいものがあった。夜の暖房はさすがに高地にあって外が寒いだけに十分温かかった。食事はいろいろなものがあって美味しかったが、どうしても始まりの時間帯は混雑するので、なかなか思い通りのものを取ることができなかった。飲み物(アルコールを含む)は飲み放題。この旅行の2週間程前までお腹の調子がすぐれなかった。そのため、腹八分を心がけて食べ過ぎにならないようにしていた。こういうスタイルの食事は、つい食べ過ぎてしまうのがこわい。健康でなければ楽しめない。何はともあれ、無事に3泊目を迎えられた。
2024年11月6日水曜日
東北大周遊4日間 二日目 (11/6水曜日)
山形県を訪れるのは、今回が2度目。初めて来たのは1996年ごろであったと思う。仕事というか、研修(全英連)に参加したときだ。敦賀から寝台列車で夜明けごろ羽越本線の鶴岡駅で降りたのではないか。この日訪れる出羽三山には来た覚えがある。そのときは、国宝の五重塔を見学。本殿の記憶はない。
このツアーの参加者は37名。17組の夫婦のほかに、女性2名の1組と女性一人旅というメンバーである。添乗のM氏によれば、これだけ夫婦が占めるツアーはとても珍しいとのこと。女性だけのグループが多いツアーだと車内がとてもにぎやかだそうだ。夫婦はなぜかあまり離さないらしい。
このホテルでは、朝食は7時からと、ちょっと遅い。8時に出発なのでゆっくり食べられない感じだ。6時45分ごろ1階のレストランへ降りていくと、もう15人以上の行列ができていた。みなさん早い! 予定通り8時にホテルを出発した。9時には出羽三山神社のある羽黒山の駐車場に到着。ここでの滞在は短い。前に訪れた五重塔に行く時間はなかったのは残念。本殿のあたりはあまり写真の被写体になるものはなかった。芭蕉の銅像も雪囲いの棒が立てられていたのでどうかと思う。
天気は予報に反して割と好い。月山や鳥海山を見ることができた。バスガイドによれば、天気が良くても雲がかかって頂きが望めることは珍しいそうだ。山形に入ってからずっと山の説明が続いていた。こころなしか、ガイドのテンションが高かったのは、あながち気のせいでもないらしい。9時半には出発。
銀山温泉には10時半ごろ着いた。ここでは観光バスの駐車場からは歩くか、シャトルバスに乗らなければ温泉の中心まで行けないそうだ。シャトルバスは往復500円。小さなマイクロバスが2台でピストン輸送をしている。我々の前に、台湾人らしい団体が待っていた。休日だともっと人が多いらしい。幸い平日で天気予報が雨模様だったので、観光客の出足は少なかったということらしい。2台目のバスに全員が乗りこむことができた。5分ほどで到着。正直なところ、それほど期待はしていなかった。予想どおり、川の両側に立ち並ぶ温泉街はたいした規模ではない。夜景か雪景色だと面白いかもしれない。一番奥にいくと二筋の立派な滝があった。三脚があれば、とつくづく思った。光線の具合もよく、ほどほどの水量で、木々との間合いも良い。柵や杭の上において何とか流すことができた。
ガイドは、銀山温泉名物のカレーパン(ハイカラさんのカリーパン、270円)を勧めてくれたが、温泉街の販売所では売り切れていた。シャトルバスの発着場にある「大正ロマン館」では製造しているので、買うことができた。ツアーの全員が購入したようだ。バスの中がカレーの香りでいっぱいになった。これがこの日の昼食となった。ちょっと物足りない。
12時ごろ出発。一路、秋田県を目指した。
県境越えは、トンネルの中であった。山形県から秋田県へ。
14:00ごろ道の駅おがちでトイレ休憩。20分後出発。
15:30 角館の駐車場に到着。広い駐車場は桧木内川(ひのきないかわ)の堤防に沿っており、約2kmにおよぶ桜並木が望める。5月ごろには満開の桜が見られるようだ。ここでは自由散策の時間は、わずか1時間10分。いろいろ見て回りたい気持ちを抑え、上級武士の屋敷「青柳家」(秋田県指定史跡)に的を絞った。。事前に見たネットで、日本刀を手に持てる体験ができるということもありました。入場料は500円。さすが上級武士の屋敷だけあって、中は広く、生活用品をはじめ多くの展示物があり、見所満載。明治になってからだと思われるが、カメラやレコードのコレクション。一番驚いたのは、かの有名な『解体新書』の人体解剖図を描いた画家が、角館の武士だったということ。それが小田野直武という人物で、青柳家とは姻戚関係にあったそうだ。そのために屋敷内に「解体新書記念館」があるらしい。似は似は小田野直武の銅像まで建られている。『解体新書』に関わった前野良沢と杉田玄白は有名だが、挿絵を描いた小田野直武のことは知らなかった。秋田蘭画というジャンルを確立したそうだ。秋田蘭画は、西洋の陰影法を取り入れ、洋画界に大きな影響を与えたそうだ。挿絵がなければ、この書物は成り立たないのではないか。
そして、ハイライトは本物の刀を手で持てるという体験をした。ケースに収められているので触れるのは束の部分だけだが、日本刀の重さを体感できた。ずっしり重く、チャンバラ映画のように片手で振り回せる重量ではない。こんなものを振りかざされたらたまったものではない。その時代に生まれなかったことをありがたいと思った。鍛えていなければ腰に差したら、すぐに腰痛になるだろう。
青柳家の見学だけで与えられた時間を過ごしてしまった。角館には武家屋敷だけでなく商家の町並みもある。桜の季節か、青葉の季節もいいのではないだろうか。機会があればゆっくり訪ねてみたいものだ。
この日の宿は、岩手県。17:00ごろ、つなぎ温泉「湯守 ホテル大観」に着いた。高台にあるホテルで、源泉掛け流しが売りらしい。斜面の建物なので、玄関からロビーに入るとそこは2階部分。ロビーから降りたところがレストランの階で、大浴場は別館部分の地下にあるという構造。その説明をしたのはまたもや外国人スタッフ。日本語は流暢だが、毎回同じ説明をしているため、とても早口で、さらりと流してしまい、複雑なホテルの構造を思い浮かべるヒマはなかった。部屋においてある案内図をみてやっと理解できた次第だ。
夕食はバッフェスタイル。18:30から。
夕食後入浴。大浴場はとても広い。サウナは無いが、露天風呂に打たせ湯があり、なかなか心地よかった。
窓からの眺めは良い。眼下に雫石川がせき止められた御所湖があり対岸の奥には岩手山が望める。長秒露光の写真。
2024年11月5日火曜日
東北大周遊4日間 一日目 (11月5日火曜日)
思い起こせば、8月3日の新聞広告で、「6県10景東北大周遊4日間」という旅を見つけ、行ってみようかと申し込んだのが始まりだった。あまり行ったことのない東北に行けるし、6つも一度の旅で巡れるのはいいではないかと深く考えずに応募したのだった。しかし、旅行直前になって、その6県10景を地図で確かめてみたら、ぞっとした。とんでもない大旅行ではないか。もうそのときには、無料キャンセルの時期をとうに過ぎていた。覚悟を決めて行くことにした。
その日程表がこれだ。
初日、自宅を6時に車で出発。彦根駅の駐車場に車を置いて、京都を目指した。駐車場でちょっとしたハプニング。なんと入り口の発券機が故障していて、バーが上がったままだったのだ。4日間駐車するのだが、帰ってきたとき券が無いとどういうことになるのか。そこは不安を残したまま、予定どおり、新快速で京都へ。定刻どおり京都に到着。駅で弁当を購入。
サンダーバード5号の11号車を目指した。しかし、初めて乗るサンダーバード。0番線に来たものの、11号車の表示がなかなか見つからないのだ。しかも捜しているとき、またしてもハプニング。ホームでうずくまる女子高校生がいて、とても苦しそうにしていた。到着した電車の運転士がそれを見つけ、駅員を呼びなんとかなったのでほっとした。10号車と12号車の表示を見つけたので、その間に違いないと、上を見ると、11号車の表示を見つけた。それは、ホームの一番狭いところの上にかけられており、時間的に逆光でとても見つけにくいものであった。ツアーの参加者とおぼしき人たちが右往左往していた。足もとに書いてあれば見つけやすいと思った。
サンダーバード5号は、10分遅れでやってきた。なんでも他の駅で急病人が出たので、全体が遅れているとかいうことであった。敦賀駅の乗り継ぎには影響のない遅れだったので、心配はなかった。それにしてもいろいろハプニングが起こるものだ。旅の始まりなので、ちょっと心配ではあった。
サンダーバードは、湖西線を通るので湖東の住民には縁のない電車。雷鳥時代から含めて、乗車は初めてであった。683系と呼ばれる車両で、古いものは2001年で新しいもので2011年に製造なので、今となってはかなり古くなっている。ありがたい。車内に今回参加するメンバーらしき人たちがいた。我々夫婦のとなりに一人参加の女性がいた。京都駅から乗り込んだメンバーも相当数いた。車内で、添乗員のM氏が連絡をしつつ挨拶にきた。「錦野旦(にしきの あきら)」似の好青年であった。
敦賀駅には約5分の遅れで到着した。
敦賀駅2階の改札前でいったん解散。セブン11があるので、ここで弁当を買ってもよかったのだが、それほど種類はないので、京都駅で買うのが正解。9時45分に再集合し、そろって3階の新幹線ホームへ。再集合したときの、M氏のことばが面白かった。
「連絡したいことがあるので、代表の方、もしくは、しっかりされているほうの方が前の方に来てください」
言い得て妙、とはこのことだ。みなさんの動きを見ていると、だいたいその呼びかけどおりに代表か、しっかりしているほうの人が前へと移動していた。
初めての北陸新幹線はあっという間の乗車で、上越妙高駅にちょうど正午に着いた。弁当は、車内で食べた。
この駅を起点に今回のバスツアーが始まるのだ。
バスは、新潟の日本海バス。運転手は、小日向文世に似たベテラン。新人運転手の教育係もになっているそうだ。バスガイドもとても慣れている感じ。多くのデータ(人名、山の名前と高さなど)が頭に入っているらしい。次々と話が途切れず続く。
改めてこの旅の過酷さを認識したのは、一日の走行距離は300km以上。4日間のトータルは、1,300kmに及ぶという説明を聞いたときだった。休憩は、1時間半から2時間に1度ということ。
早速、その過酷さを思い知ったのは、出発してから1時間ぐらい経ったころ。少しずつ尿意が来た。次のトイレ休憩は、黒埼PAというアナウンス。地図アプリで調べるとまだ30分以上かかるようす。そのとき、栄PAまで10分という標識が目に入ったので、恥を忍んで添乗員のM氏にトイレ休憩のお願いをした。恥ずかしながら、失禁するわけには行かない。どうやら敦賀駅で購入したオレンジジュースを飲んだのがいけなかったようだ。
しかし、他にも我慢をしていた人がいたようで、栄PAでトイレに駆け込む仲間がたくさんあった。
車窓からは、田んぼに白鳥が見られた。それも相当な数である。湖北に来る白鳥をはるかにしのぐ数と見えた。
やがて、この日訪れる唯一の観光地、「千年鮭きっかわ(鮭の町村上の老舗名店で伝統に触れる)」に着いた。どれほどすごい店かと、HPを見て想像していたのだが、干してある鮭の数は割と少なかった。いろいろな製品を売っていたが、旅の始まりなので買う気にはならなかった。時間も時間なので、町の風景を撮影するにも中途半端な光加減であった。バスは村上市役所に駐車しており、トイレは市役所庁舎内のトイレが観光客用に開放されていた。その割には、ロビーに観光用のパンフは見当たらなかった。
この日の宿は、あつみ温泉。漢字で書くと、「温海温泉」。意外と難読なので、ひらがなで標記するようになったとか。熱海温泉は有名なので、みんなちゃんと読むが、よく見れば、こちらの方が「あつみ」温泉で、温海温泉の方が「あたみ」温泉としたほうが、よいのではないか。
ホテルは、「高見屋別邸 久遠」で温泉街のはずれに位置していた。バスガイドによれば、温泉街には飲泉場があるので、おすすめだという。早速出かけてみたが、結構遠い。もう日が暮れているので、人通りもほとんどなく、さびしい温泉街の真ん中にそれはあった。コップがおいてあるとのことだったが、実際には何もなく、手ですくうしかなかった。湯の温度はけっこう高く、それほどたくさん手に受けるわけにはいかなかった。なめる程度。確かに塩泉。胃腸によいというので、飲んでみた。他にも来る人がいるかとおもっていたのだが、結局そこへ行ったのは我々だけだった。
夕食は宴会場で決められた食事。目玉は、タイのかぶと揚げ。なかなか食べ甲斐があった。給仕してくれたのはネパール人の青年。もう6年も日本で働いているという。日本語は達者であった。ながい一日が終わった。
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